モーションキャプチャーと実演家の権利
身の回りに溢れる写真や映像、さまざまなネット上の記事‥‥そういった情報をSNSを通じて誰もが発信したりできるようになりました。これらを使ったWebサービスが数多く誕生しています。私達はプロジェクトの著作権を守らなくてはいけないだけでなく、他社の著作物を利用する側でもあります。そういった知的財産権に関する知っておくべき知識を取り上げ、毎回わかりやすく解説していくコラムです。
(※この記事は2017年10月時点の法令等に基づいています。)
著者プロフィール
桑野 雄一郎さん
1991年早稲田大学法学部卒業、1993年弁護士登録、2018年高樹町法律事務所設立。著書に『出版・マンガビジネスの著作権(第2版)』(一般社団法人著作権情報センター 刊 2018年)など
著作権は、ただでさえ判断が難しい分野ですが、技術の進歩が難しい問題をもたらしています。今回はいまだ解決されない、デジタル時代だからこその悩ましい例をご紹介しましょう。
著作権法では、著作物を演じることを「実演」といい、実演を行う役者や演出家を「実演家」と言います。実演家に著作権は認められませんが、著作物の伝達に重要な役割を果たしていることから「実演家の権利」という著作権に類似した権利が認められています。実演家の権利には、実演についての録音権・録画権、放送権や送信可能化権などがあります。この実演家の権利について、近年のデジタル技術の進歩にともなって少し難しい問題が生じています。
2009年公開の映画『ターミネーター4』には、1947年生まれのアーノルド・シュワルツェネッガーが若々しい姿で登場して観客を驚かせました。実はCGで作られた映像ですが、若い頃の彼の映像を再構築し、表情も含めて動きをトレースしているため、本人が出演しているかのようなリアルな映像だったのです。このように役者の動きをトレースして再構築した映像に、トレースされた役者の権利が認められるのでしょうか。
これと似た方法に、役者の動きをトレースするモーションキャプチャーがあります。映画『ロード・オブ・ザ・リング』、『ホビット』に登場するゴラムの映像はアンディ・サーキスという俳優の動きをもとに、映画『テッド』シリーズに登場するテディ・ベアのテッドはセス・マクファーレン監督の動きをキャプチャーして製作されています。ゴラムやテッド自体は、本人とは似ても似つかないキャラクターですが、この映像にキャプチャーされた本人の実演家の権利が認められるのでしょうか。
なお、本人のさまざまな動きをキャプチャーした膨大なデータがあれば、アーノルド・シュワルツェネッガーは永遠に若い姿で「ターミネーター」の続編に出演できるでしょうし、ゴラムやテッドの登場する映像も無限に作ることができます。このようにして製作された映像に、キャプチャーされた役者の権利が及ぶのかは、よくわからない問題です。
また、昨年話題になった映画『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』には、シリーズの1作目に登場し、1994年に病死した名優ピーター・カッシング演じるターキン総督が登場します。これはガイ・ヘンリーという役者が演じた映像の頭部を、CGでピーター・カッシングに作り直して製作されたものです。さて、この映像について実演家として権利を持つのは誰でしょう。
CG技術の急速な進歩に著作権法がついていけてないこともあり、このような映像について実演家の権利をどうするのかは未解決のままです。
※Web Designing 2017年10月号掲載記事を転載