いよいよ日本語版の刊行がスタート!「A Book Apart」を知っていますか?
米国でWeb技術を中心に60冊以上が刊行されている「A Book Apart」シリーズ。2024年5月に日本語版が刊行されたのを機に、その歴史と周縁の情報について紐解いてみます。
著者紹介
菊池 聡さん
Web Directions East合同会社 CEO。UX DAYS TOKYO主宰。世界とのネットワークを軸に海外の書籍、イベント、教育等を日本でローカライズすることが得意。レスポンシブウェブデザインを日本で初めて紹介した他、書籍の著書、監訳、監修なども行う。
UX DAYS PUBLISHINGチーム
20名それぞれが企業に属しながら翻訳作業やプロモーション作業を行う、パブリッシングチーム。「A Book Apart」を中心に、翻訳作業やプロモーション作業を行う。新しい時代にマッチした出版の実現を目指している。
Web標準のゴッドファーザー ジェフリー・ゼルドマン
新しいことを理解する際に過去からの学びが役に立つのは、誰でも知っていることかもしれません。例えば、スティーブ・ジョブズは日本のウォークマンから学び、iPodを発明しました。Web技術の世界でも、歴史を学ぶことが未来を推しはかる上で役立ちます。今から紹介するジェフリー・ゼルドマン(Jeffrey Zeldman)については、40代後半の人ならその名を耳にしたことがあるかもしれません。ゼルドマンは「Web標準」を推進した人物で、日本でも彼による書籍『Designing with Web Standards』が2004年に毎日コミュニケーションズ(現マイナビ出版)から刊行されています。今でも気づきの多い新鮮な内容ですので、一読をおすすめします。Web標準とは、HTMLやCSS以外の要素を指しますが、CSSに限って言うと当時はまだテーブルレイアウトが全盛であり、CSSレイアウトは珍しい時代でもありました。
ゼルドマンについて、興味深い話があります。当時19歳だったWordPressの創業者がテクノロジーの祭典「SXSW(サウスバイサウスウェスト)」の会場でゼルドマンに直接そのアイデアを相談したところ、高く評価したそうなのです。ちなみに、その場にはイギリス初のUXファームのアンディ・バド(Andy Budd)もいました。彼はWordPressに反対していたため、仮に相談相手がアンディだったら、WordPressはいま存在していなかったかもしれません。つまり、ゼルドマンがWordPressの進化や普及に大きな後押しとなった人物でもあったということです。
エリック・メイヤーと築いた Web制作の新たな幕開け
ゼルドマンの仕事のパートナーのひとりに、エリック・メイヤー(Eric Meyer)がいます。後述するテックブログ「A List Apart」から派生したイベント「An Event Apart」をゼルドマンとともに運営していました。彼はCSSの天才としても知られ、皆さんが利用しているかもしれない「Reset CSS」をつくり出した人物です。
CSSを推進してきた歴史を振り返る際に、忘れてならないのが「CSS Samurai*」と呼ばれるグループです。エリックを中心に、後にレスポンシブウェブデザインの祖父と呼ばれるジョン・アルソップ(John Allsopp)など、世界中から10名が集まっていました。
A List Apartは、1998年から運営されている世界で初めての本格的なテックブログです。ブログを通じて知見を共有し、Web標準の推進に大きく貢献してきました。Webデザイン界隈では、ここでブログを書くことがひとつのステータスだった時代もあります。そのため、「モバイルファースト」や「レスポンシブウェブデザイン」など、後にスタンダードとなる多くの考え方がここで最初に公開されています。Webデザインや開発の分野で影響力のあるコンテンツを提供することで、業界全体の標準化を促し、最新のベストプラクティスを広めてきました。25年以上経った今も、継続的に更新され続けています。ちなみに、A List Apartで紹介された「レスポンシブウェブデザイン」を日本ではじめて紹介したのは、いま皆さんが手に取っているこの『Web Designing』誌です。 A List Apartから派生して生まれたのが、カンファレンスとなる「An Event Apart」です。1,200ドル前後の参加費にも関わらず、同カンファレンスには米国を中心としたテック系に限らず、一般企業も参加しました。全米各地で開催され、A List Apartで有名になったデザイナーがたくさんの講演を行っていました。現在は開催されていませんが、An Event Apartを懐かしむ声も多く聞かれます。
A Book Apart 日本語版ローンチへ
「A Book Apart」は、A List ApartやAn Event Apartに続いて、知識をシンプルかつ十分な量で解説する“書籍シリーズ”として誕生しました。Webデザインや開発の専門家向けに、特定のトピックを深く掘り下げながらも、実践的なアドバイスと最新のベストプラクティスを必要最小限の分量で得ることができ、短時間で重要な知識を習得できます。そのため、忙しいプロフェッショナルにとって非常に価値のある情報リソースになっています。そしてこの度、10年以上の交渉を経てA Book Apartの日本語版を公式リリースすることになりました。シリーズで刊行を行っていきますので、ぜひ今後の展開に注目してください。
日本語版第一弾! 『最善のリサーチ』
- 著作者名:Erika Hall
- 翻訳者名:菊池聡、 久須美達也、 横田香織
- 監修者名:UX DAYS PUBLISHING
- 書籍/電子版:2739円
- A5:248ページ
- ISBN:978-4-8399-84755
- 発売日:2024年05月27日
プロダクト開発における効果的なリサーチ手法を身に着ける
A Book Apart日本語版は、日本市場に根ざすべく読みやすさにこだわり抜いた書籍シリーズ。日本語版の第一弾は、『最善のリサーチ』。エリカ・ホール(Erika Hall)による『Just Enough Research』の日本語版です。本書は、過剰な手間をかけずに効果的なリサーチを行う方法を解説し、リサーチの計画から実施、結果の分析に至るまでのプロセスを通じて、核心的なポイントを学べる1冊です。なお、日本語版の刊行は、UX DAYS TOKYOとマイナビ出版の提携により実現され、国内のWeb開発コミュニティにとって重要なステップとなるはずです。
今後の刊行ラインナップ
A Book Apartでは現在60冊の書籍が公開・販売中。日本語版では、その中で日本市場にマッチしたテーマを中心に、順次刊行していきます。刊行時期はまだ未定ですが、5冊ほど翻訳作業進行中ですので、ぜひ楽しみにしていてください。
※各カバーイメージは原著のもの、邦訳タイトルは仮題を掲載しています。
ビジネスで成果をあげるためのUXライティング
UXライティングの費用対効果、価値、そしてその価値の伝え方について解説した1冊。ステークホルダーと協力する考え方や方法、ビジネスの目標に沿った成功メトリクスを集めて統合し、共有する手順なども紹介しています。
弾力的な開発チームマネジメントのすすめ
人材マネジメントに関して、主にテクノロジー業界のマネージャーに向けた貴重な情報を集約。効果的な人材マネジメントの背後にある科学や心理学をはじめ、ツールの紹介やアイデア等についてまとめられています。
「感情」を考慮したデザイン
ユーザーの感情を意識したデザインの重要性について述べられた書籍です。「機能性」と「使いやすさ」に加え、人間の欲求に応えることで、プロダクトへの愛着を高める、ユーザーを楽しませるデザインについて書かれています。
新規ユーザーを「顧客」に変える技術
新規ユーザーがプロダクトを利用するまでのプロセスについて解説。使い始めてもらう/使い続けてもらうための考え方や方法など、ユーザーがいち早く使い方や機能に慣れるまでのプロセスについて書かれた書籍です。
認知バイアスを考慮したデザイン
人間の思考や心理という面からは決して切り離すことができない認知バイアス。この認知バイアスに対してどのように向き合い、どう対応しながらUXやUIのデザインを実践していくべきなのかについて、掘り下げた書籍です。
関連リンク
*CSS Samurai
https://archive.webstandards.org/css/members.html
A Book Apart
https://abookapart.com/