心理的安全性の確保でプロジェクトのコミュニケーション不足を解消

プロジェクトの運営において、コミュニケーションに課題を感じている方は多いのではないでしょうか。顧客との付き合い方もまた然り。しかし、コミュニケーション自体に着目してしまうと問題の本質を見誤るかもしれません。新しいコンセプトの働き方や組織づくりに取り組んでいる、株式会社ソニックガーデン 代表取締役社長の倉貫義人さんにお話を聞きました。

教えてくれたのは…倉貫義人さん
株式会社ソニックガーデン 代表取締役社長 月額定額&成果契約による「納品のない受託開発」を展開。全社リモートワークを実践し、そのノウハウも発信する。モットーは「心はプログラマ、仕事は経営者」 https://www.sonicgarden.jp/

なぜ後で気付くのか…コミュニケーション不足の正体とは?

思ったように運用できない、期待した成果を出せない…そんなプロジェクトの失敗理由としてよく聞かれるのが「コミュニケーション不足」という言葉です。しかし、その言葉がコトの本質をうやむやにしてはいないでしょうか。

実際にコミュニケーションが足りなかったのだとしても、分解して考えれば起きた事象は「メンバーが問題を抱え込んでしまい進捗が悪くなった」「リーダーの考えが周知されずイメージしたものができなかった」などであり、結果として「無駄な工数が発生」したのです。

では、コミュニケーション量を補えばこれを改善できるのでしょうか? コミュニケーションとは非常に曖昧なもので、何をもって足りたとするか判断しにくい面があります。また、人の時間や思考を使うという意味ではコストにもなり得、それによって生産性が落ちては本末転倒です。本質的に目標とすべきはコミュニケーション量ではなく、無駄な工数の回避、さらに言えばプロジェクトの成果であるはずです。

プロジェクトでは通常なんらかの形で情報共有が行われます。しかし、例えば週次の定例会で「進捗率70%です」と報告を聞いて担当者の状況を正確に把握できるでしょうか。来週も70%のままになる懸念はないでしょうか。また、連絡事項の粒度が個人本位であったり、忙しそうなリーダーにメンバーが相談しづらい状況に陥っていないでしょうか。こうしたことをまとめて「コミュニケーション不足」という言葉で曖昧にせず、会議の仕方やコミュニケーションのタイミングを仕組みとしてしっかり用意しておく必要があります。

いわゆる「報・連・相」を徹底すれば良いのでは? と思われるかもしれません。もちろん報・連・相もコミュニケーションの一つです。しかし、このコンセプトが生まれた1980年代と現代とでは、ビジネス環境も求められる成果も大きく変わりました。

では、いま必要とされるコミュニケーションとは何なのでしょうか。もう少し考えてみましょう。

「黙って手を動かせ」では成果を生まない現代の仕事

世の中にはマニュアル化やプロセス改善によって生産性が上がる種類の仕事もあります。例えば、大量生産とコスト削減で利益を出してきた製造業などが該当します。しかし、一般的にプロジェクトの形で取り組むのは再現性や効率化が望めないタイプの仕事です。求められるのは、頭を使って毎回そこに無いものをつくること。つまりそれを実現できる創造性が現代の仕事における生産性と言えます。

Googleが行なった「効果的なチームを可能とする条件」を探る研究によると「心理的安全性を高めるとチームのパフォーマンスと創造性が向上する」ことが明らかになりました(※1)。心理的安全性とは「アイデア、疑問、懸念、ミスを率直に言っても、自分が罰せられる事はないだろうと思えるチームメンバー間の信頼」のこと(※2)です。人を非難したり自由な発言を妨げていては、クリエイティブな仕事ができなくなるのは当然です。成果を出すには、そうしないための行動を取れば良いのです(01)。

ソニックガーデンの文化としてこれに該当するのが「ザッソウ(=雑談と相談、および雑な相談)」です。日頃から頻繁に雑談する相手には、お互いをよく知る安心感から小さなことでも相談しやすいものです。そこで、雑談を含めた会話や相談を推奨しているのです(詳細は後述)。

ちなみにソニックガーデンは全員リモート勤務なので、勤務中は自社開発の仮想オフィスツール「Remotty」を使用しています。ここではオンライン会議ができるだけでなく、普段から周囲のつぶやきや他のメンバー同士の話が聞こえるようになっており、普通のオフィスにいるように雑談することができます。

Googleの研究はまた、強いリーダーの存在が必ずしも成果を出すチームに必須の条件ではないことも挙げています。リーダーがメンバーに対して気軽に相談していいし、また相談に対して必ず正解を示す必要はなく、一緒に考える姿勢で良いのです。

※1 https://rework.withgoogle.com/jp/guides/understanding-team-effectiveness/steps/introduction/
※2 Building a Psychologically Safe Workplace : Amy Edmondson

01 心理的安全性とは
自分のミスを認めるなど、対人関係においてリスクのある行動を取っても、誰も自分を馬鹿にしたり罰したりしないと信じられる余地がある状態のこと

言葉の伝達に頼らず通常の報告・連絡は「仕組み化」しよう

最初に述べた、会議の仕方やコミュニケーションのタイミングを仕組み化することについて、その具体的な例を挙げてみましょう。

ひとつは進捗管理です。ある仕事について「進捗率は70%です」と報告されたら、かなり進んでいる印象を受けます。しかし、次の作業がより困難な内容だったらどうなるでしょうか。仕事全体を1つの単位で考え感覚的に把握していると、必ずどこかでズレが生じます。

そこで、私たちは仕事を小さな単位に分解して管理する方法を用いています。例えば1週間で行う仕事ならそれを1週間単位で考えるのではなく、2時間程度でできるタスクに分解していくのです。できたらそのタスクを1つずつこなし「進捗は15個中9個です」と報告すれば誰でも客観的な把握が可能です。さらに管理ツールなどを使って見える化しておけば、報告の手間も省けるでしょう。「タスクばらし」と呼んでいるこの手法は、入社したら必ず身につけ、自分の仕事を自身で管理してもらっています(02)。

次に会議の仕方です。定例会を進捗報告の場にするのはもったいないので、上記のような仕組み化を推奨します。また、議題についてもその場で提示されたものをその場で考え、結論まで持ち込むのでは時間がかかります。そこで、議題はなるべく事前に共有し、できればチャットなどオンライン上である程度話をしておくのです。

一般的に議論は発散から収束へとフェーズが進みます。チャットは発散には適していますが、収束には向いていません。口頭で話せる定例会で収束に集中することで、会議が意義あるものになり、時間も大幅に短縮できます。

また、コミュニケーションのタイミングとして社員と経営陣が1対1で話し合う「1on1」や、定期的な合宿も仕組みの一つとして実施しています。これらは次に述べる「話しやすい関係性づくり」にも役立っていますので、そちらで詳しく説明します。

02 小さな単位で進捗管理する「タスクばらし」
全体の完成に対する進捗把握は主観的になる。完成までの作業を2時間程度でこなせるタスクに分解し、完了した数を示せば客観的に伝えることができる

話しやすい関係性は日頃の雑談・相談から

報・連・相も、情報共有の「仕組み化」も、十分に機能させるにはメンバーが日頃から話しやすい関係性であることが非常に大切です。いざ必要になった時に議論できる関係性を築こうとしても間に合いません。そこで力になるのが、先に挙げた「ザッソウ」です。

雑談は業務効率を下げると思われるかもしれません。しかし、チームの成果を意識して行う会話なら価値のあることです。直接業務に関係はなくても、考え方や人間性をお互いに知ることで信頼関係が育ちます。

相談は決まっていないことを議論して先へ進めるファクターです。ざっくりした段階で相談できれば、一人で悩み続けて進行が遅れたり、自分なりに結論を出して進めた結果、手戻りが発生するといった事態を防げます。また、仕事を依頼されるより相談を持ちかけられた方が自分ごとにしやすく、アイデアも提案しやすく感じられるでしょう。

また、ただ話を聞いてもらうだけでも課題を整理できたり、思考が進んだりするものです。会話は悩むだけの静止状態から抜け出す手段にもなるのです。

1on1も大切な話す機会のひとつです。私たちは振り返りメソッドの「YWT」(03)を使い「やったこと」「わかったこと」「次にやること」を社員から聞くことを中心に話し合います。3カ月~半年に1回、特に入社したばかりの人は頻度を高めに実施しています。

合宿は関係性づくりを目的にしたワークショップやアクティビティを中心に、ロッジなどに1泊する形式で定期的に行なっています。最近は新しく入社する人が来るタイミングでの実施も効果的だと考えています。

入社直後はコミュニケーションのきっかけが掴みづらい場合もありますが、一度合宿をしておくと翌日からお互いに話しかけやすくなります。プロジェクトチーム結成時には、キックオフミーティングの代わりに1泊合宿をしてみても良いのではないでしょうか。

中には会話が得意でない人もいると思いますが、相談したい時はお互い気軽に相談することで合意できていれば大丈夫。会話の量より、チームとして成果を上げたいと考える姿勢が大切です。

03 経験を振り返って可視化する「YWT」メソッド
「やったこと(事実)」から「わかったこと(解釈)」を可視化し「次にやること(行動)」に結びつける。学びや経験を振り返り、成長や自己実現につなげるメソッド。上の図は英語学習を例にしたもの

小さな単位で約束し顧客の信頼を積み上げる

あるプロジェクトの期日、依頼に沿って開発した成果物を納品したところ、意図したものと違うと言われた…そうならないために、顧客との間でも関係性のつくり方が重要です。

先に述べたように私たちは「タスクばらし」で個人の仕事を小さな単位で管理しています。顧客に対しても同様で、大きな単位のまま「何%進捗しました」と報告しても顧客には中身が把握できません。また、どんなモノができているかも見えてきません。顧客側の“解像度”が低いまま進めば、最後のズレが致命的になる恐れがあります。

そこで私たちは基本的に顧客と毎週打ち合わせを行い、1週間単位で仕事の量を区切っています。毎回、次週までの課題を合意=「小さな約束」をして、できたものを次の打ち合わせで確認してもらうのです。小さな約束であればその時点で多少ズレがあっても修正が容易です。顧客にとっては進捗が見えることで解像度が上がり、ズレに気付いた際にどう修正するか、逆にそのまま活かせるのか、判断する余裕もできます。

また、小さな約束を守り続けると顧客との間に「信頼貯金」ができた状態になります。大きな約束をして「3カ月後に納品」が守れなければ一度で信用を失いますが、貯金のある関係なら少しの遅れが発生してもすぐに大きな問題にはなりません。個人のタスクと同様に顧客との間でも、やることを小さな単位に分解して1つずつ収めていくことがポイントと言えるでしょう。

私たちは通常リモートワークなので、顧客との打ち合わせもテレビ会議で行なっています。リアルに会わないと話しにくいという声もありますが、そこは慣れの問題です。実際にテレビ会議だけで全く問題ありません。重い会議を小数回行うよりも、オンラインでいいのでこまめに意思疎通を行う方が、お互いにとって利点があるはずです。

コミュニケーション不足を感じたら、具体的に起きた事柄に対してどんなアクションが効果的なのか考えてみましょう。

04 小さな約束を守って信頼を積み上げる
完成までのプロセスを分解し「小さな約束」を1つずつ守ることで信頼を積み上げていく。守れない事態が起きても、積立てがあれば一度で信頼関係が壊れることにはならない
「ザッソウ 成果を出すチームの習慣」
日本能率協会マネジメントセンター

Text:笠井美史乃

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