人が動きたくなる「手段が目的化した行動」
人は「目的」を提示されるだけではすぐには動かないが、「手段」には反応しやすいという側面がある。今回は、気づいたら「目的と手段が逆転している」という状況のつくり方に光を当ててみよう。
話してくれた人
國田 圭作さん
前博報堂行動デザイン研究所所長、現博報堂行動デザイン研究所外部アドバイザー。1982年東京大学卒業、同年博報堂入社。入社以来、一貫してプロモーションの実務と研究に従事。大手嗜好品メーカー、自動車メーカーをはじめ、食品、飲料、化粧品、家電などの統合マーケティング、商品開発、流通開発などのプロジェクトを多数手がける。近年は「健康行動」を喚起するための「健康行動デザイン」に関する研究と取り組みも行っている。
なぜ中国人は「11月11日」に買い物をするのか
前回、思わず人を動かす「行動デザインのツボ」の一つに、「(時間などを)限定すると人は動く」というツボを紹介した。「毎回やるのは大変だが、一回だけならやってもいいかな?」(リスク低減)とか、「その日にやらないと、やれなくなるかもしれない」(機会損失回避)といった心理を活用したものである。ここでは、もう少しその詳細に切り込みたい。
日本では、11月11日はあるスティック菓子の日として有名だが、実際にその日にしか買えないという性質のものではない。一方で、中国で「11月11日」といえば、誰もが「ネットショッピングの日」と答えるほどの特別な一日となっている。それは、アリババ集団が運営する中国最大のECサイト「Tモール(天猫)」が、その日限定で年に一度の大セール「双11(ダブル・イレブン)」を展開するからだ(01)。
2009年から始まったこのセールイベントは、年々販売額を拡大し、2014年は何と一日で571億元(約1兆735億円)を売り上げた(02)。セール後、宅配便が集中して物流が大混乱するので、社会問題にまでなっているという。
なぜこのイベントはここまで盛り上がったのだろう? 「その日だけ、ほとんどの商品を大幅に値引きするからでしょ」と考えた読者は正しいが、行動デザイン的な解答としては物足りない。このイベントをドライブしている力学は安さだけではない。刻々と報道される「売上金額」にある。自分が買うことで、売上記録がどんどん更新されていく、そのライブなイベント性がこのセールの魅力になっている。この日だけ、Tモールのサイトでしか参加できない「限定性」が多くの中国人を動かしているのだ。
手段が目的化する「行動スイッチ」とは?
デザイン学に「アフォーダンス」理論というものがある。ごく簡単に説明するなら、モノには「思わず◯◯したくなる」形があるという考え方だ。ドアノブは思わず握りたくなる形をしているし、椅子は思わず座りたくなる形だから黙っていても人が腰をかける。Web画面をデザインするときにも重要なポイントだ。この概念を行動デザインの中に組み込むとどうなるだろう? それが「行動スイッチ」という考え方だ。
「押しボタン」的な形状は一番わかりやすい。たとえば、日本人しか押さないと言われるエレベーターの「閉まるボタン」や、洗濯機などに付けるAmazon.comの「Dashボタン」(03)も「思わず押したくなる行動スイッチ」の一つだろう。先日、ある音楽配信サービスを東京・渋谷の街頭で試聴できるPRイベントとして、約1万3,000のイヤホンジャックを開けた壁面を設置した。多くの通行客がたくさんの穴に順番にイヤホンを挿して楽しんでいたが、これも典型的な「行動スイッチ」だ。
もう少し「行動スイッチ」の概念を拡大してみよう。「双11」は、セール全体がその日に買いたくなる「行動スイッチ」になっている。また、鉄道などが実施するスタンプラリーも、スタンプを押すという身体的なアクションが「行動スイッチ」となるが、スタンプラリーの原点はそもそも寺社の「御朱印帳」(04)だ。本来は敬虔な参拝行動(目的)が、いつのまにか「朱印を集める楽しみ」(手段)に主従逆転していくのがおもしろい。つまり「行動スイッチ」とは、「手段を目的化させてしまう」逆転装置のことであり、そこには行動のハードルを下げて「行動を喚起させる力がある」と考えられる。
※Web Designing 2015年12月号掲載記事を転載