デジタル資産「NFT」と法制度
身の回りに溢れる写真や映像、さまざまなネット上の記事‥‥そういった情報をSNSを通じて誰もが発信したりできるようになりました。これらを使ったWebサービスが数多く誕生しています。私達はプロジェクトの著作権を守らなくてはいけないだけでなく、他社の著作物を利用する側でもあります。そういった知的財産権に関する知っておくべき知識を取り上げ、毎回わかりやすく解説していくコラムです。
(※この記事は2021年7月時点の法令等に基づいています。)
著者プロフィール
桑野 雄一郎さん
1991年早稲田大学法学部卒業、1993年弁護士登録、2018年高樹町法律事務所設立。著書に『出版・マンガビジネスの著作権(第2版)』(一般社団法人著作権情報センター 刊 2018年)など
以前、テニスの大坂なおみ選手の姉・まりさんが描いたデジタルアート作品がオークションで高額取引され話題になりました。また、アニメや漫画の原画のデジタル作品が高額で販売される例も出てきています。
美術品の実物ならともかく、デジタルアートはデータに過ぎませんから、簡単にコピーができ、しかもコピーをしても品質が劣化しません。このようなデジタルデータが高額で取引されるのは不思議な気がしますが、これを支えているのが、ブロックチェーン技術を使ったデジタル資産「NFT(Non-Fungible Token:代替不能なトークン)」です。NFTによって、誰が誰に対して発行したかといった情報を記録しておけます。ですから、購入した人は、そのデジタルデータが唯一無二の「自分のもの」だと証明できるわけです。
もっとも、「自分のもの」というと所有者になったようですが、法律上で所有者になることができるのは形があるものだけで、形のないデータの所有者にはなれません。つまり、データを保存したハードディスクの所有者にはなれますが、保存されているデータの所有者にはなれないのです。もしハードディスクからデータだけ抜き取られた場合、法令や契約違反になる可能性はありますが、少なくとも「私のデータだから返せ」とは言えません。
また、デジタルデータの著作権は作者のものですから、「自分のもの」になったデジタルアートであっても、著作権が手に入るわけではありません。そのため、購入したデジタルアートを無断で複製して販売したり、配信したりすれば著作権侵害になってしまいます。また、作者が全く同じ作品において別のデータを他の人に販売していても文句は言えません。
こう考えると、NFTによりデジタルアートが「自分のもの」になるといっても、法的にはあまり意味がないことがわかります。ただ、これはNFTという新しい技術に対応する法制度が整っていないためです。
例えば、「NFTによって持ち主と証明されていれば、そのデジタルデータの販売や配信をしても著作権侵害にならない」という制度を設けた場合、購入する側にとっては、デジタルデータが「自分のもの」になるメリットも出てくるでしょう。
また、NFTを使えば、デジタルデータが利用された際、利益の一部を作者に還元することもできます。この仕組みが構築できると、一度販売した作品がその後転売された時、作者にも利益が還元されるため、作者としてはデジタルアートを創作し、流通に置く魅力が高まるでしょう。
今後アート分野などでますますNFT活用が進み、法制度が整うことで、創作する側と作品を購入する側の双方にさらなるメリットをもたらすことが予想されます。
※Web Designing 2021年8月号掲載記事を転載