東京大学・奥山輝大さんに聞いた! 「共感」を生む脳のメカニズムってどうなっているの?

私たちは、どうして他人に共感するのでしょうか。楽しんだり、悲しんだりしている人が隣にいると、なぜ自分も同じ気持ちになるのでしょうか。神経科学の専門家である奥山輝大先生に、共感のメカニズムを尋ねました。(『Web Designing 2025年4月号』掲載の特集「デザインとストーリー」より抜粋)
教えてくれた人

奥山 輝大 さん
東京大学定量生命科学研究所 教授。博士(理学)。動物がどのように他個体を認識・記憶し、社会行動の意志決定に至るかという一連の神経基盤について、光遺伝学・神経生理学的手法を用いてアプローチしている。日本神経科学学会、北米神経学会に所属。
Q.1|奥山先生って、どんな研究をしているんですか?
奥山先生私は東京大学の定量生命科学研究所というところで研究を行っています。この研究所は、生物学を中心に多岐に渡る研究を展開していて、神経科学やゲノム解析、免疫学などさまざまな領域をカバーしています。
今、私が研究しているテーマは、大まかにいうと「他者が脳の中でどのように存在しているか」を解明することです。具体的には、神経細胞の活動をひとつひとつ計測し、私たちがどのように相手を覚え、好きになったり、嫌いになったりするのかなどのメカニズムを解き明かそうとしています。このテーマは昔から関心があって、メダカを使って恋愛のメカニズムを研究したこともあります。
もともと両親も研究者で、小さいころから自然と研究に対する興味が高まっていきました。顕微鏡や解剖道具などがいつも身近にありましたし、磯遊びで生き物を採集し、親と一緒に観察や解剖を楽しんでいたことを鮮明に覚えています。

大学院時代の奥山先生は、「メダカの雌が配偶者をどうやって選んでいるか」を研究しました。その結果、メダカの雌は見知った雄を好んで配偶相手として受け入れることを発見し、論文が『Science』誌に掲載されました
Q.2|人間以外の生き物も共感しますか?



私たちが「共感」と呼んでいるものには、いくつかのレベルがあります。その中でもっとも原始的なものが、「情動伝染」です。この情動伝染は、人間以外の動物にも備わっていることがわかっています。
マウスを用いた観察実験では、1匹のマウスに電気ショックを与えると、それを見ている別のマウスも恐怖反応を示しました。つまり、怖がっている相手を見ることで、自分にも恐怖の感情が湧き上がったというわけです。さらに、脳の動きを解析した結果、「自分の恐怖」と「他者の恐怖」の両方を処理している脳の領域があることがわかりました。
恐怖の感情は観測しやすいため、マウスを使った実験では恐怖について観測します。しかし、情動伝染は恐怖だけでなく、楽しいや悲しいといった感情でも起こると考えられています。
一方、共感には「認知的共感」というレベルも存在します。認知的共感は、「自分がこの人ならこう感じるな」と推測する心の動きです。例えば、本の登場人物に感情移入するのも、認知的共感の1つです。認知的共感は、猿や人間のように高度な認知能力を持つ動物特有のものとされています。
いずれにしても、共感は人間だけに存在する感情ではなく、ほかの生き物にも存在するメカニズムなのです。

電気ショックを与えられているマウスを見ることで、ほかのマウスも恐怖を感じます。2023年に発表した論文では、「自分の恐怖」と「他者の恐怖」の両方の情報を処理する神経細胞が、「前頭前野」という脳領域にあることを突き止めました
Q.3|どうして生き物に共感の仕組みがあるの?



生物に共感の仕組みがある理由は、主に生存のためだと考えられます。集団で生活する生物は、捕食者に狙われた個体の恐怖が周囲に伝わることで、危険を直接見ていない個体も「危ない!」と察知し、身を守る行動を取ることができます。例えば、「すくみ行動」といって、恐怖を感じたマウスがじっとして動かなくなります。動かないことで、捕食者に見つかるリスクを減らせるというわけです。
この共感の仕組みは、恐怖だけでなく、食べ物の探索にも役立つでしょう。群れの中の1匹が美味しい餌を食べているのを見れば、「これは食べても大丈夫なんだ」と理解し、ほかの個体もそれに倣います。自分だけのトライアンドエラーではなく、仲間の経験を共有することで、より生存に適した行動を選択できるわけです。
共感は、群れで生活する生き物だけのものではありません。例えば、北米の草原地帯に生息するプレーリーハタネズミという動物は群れをつくりませんが、完全な一夫一妻制で、つがいの相手が死ぬと二度と交尾しなくなるほどの強い絆を持っています。そして、パートナーがストレスを感じると、自分もストレスを感じるという強い共感性を備えていることがわかっています。
動物が子孫を残すためにはパートナーが必要です。共感の仕組みは、群れの有無にかかわらず、生存や繁殖にとって重要な役割を果たしているのです。
Q.4|共感が生まれやすい関係性ってありますか?



共感が生まれやすい関係性には、いくつかのポイントがあります。その1つが「相手と親しくなれば親しくなるほど、共感が生まれやすくなる」ということです。人は接触回数が増えるほど、相手に対して親しみを感じやすくなります。
例えば、芸能人は、テレビ番組に何度も登場することで「この人、知っている」と感じさせ、視聴者との心理的距離を縮めていきます。知っている相手からの情報は受け入れやすくなり、共感しやすい環境が自然と整います。
SNSなどでも、露出の機会を増やすことで、「いつも見ている」という感覚が芽生え、共感が生まれやすくなります。実際に、頻繁に発信することでフォロワーとの親密度が高まり、共感を呼び起こしやすくなることがわかっています。
また、共感を深めるためには、動きを同調させることも効果的です。同じ動作を取ることで、心情もシンクロしやすくなります。例えば、同じ方言を使ったり、アイドルのファン同士が「推し」と同じカラーのTシャツを着たりすることも、一体感を生み、より強い共感を育む原動力になるのかもしれません。

情動伝染は、視覚だけでなく、聴覚や嗅覚など、あらゆる感覚を通じて伝わることがわかっています
Q.5|共感が生まれやすい状況もありますか?



1人対複数人の関係においては、共感させたい側と共感する側が「同じ環境」や「同じ状況」に置かれていると、感情の伝染が起こりやすくなります。
例えば、音楽ライブやアメリカの大統領選の選挙演説などが良い例です。参加者は同じ会場に集まり、同じ空気を共有しています。そのことで同調性が高まり、結果として共感が生まれやすくなるのではないかと考えられます。
一方で、1対1の関係では、あまり特定の状況が見当たりません。恋愛でよく「吊り橋効果」という言葉が使われますが、これは共感というより、興奮によってドーパミンが分泌され、「好きだ」と感じる現象です。共感のレベルが興奮状態と安静状態で変わるかどうかは、まだわかっていません。少なくとも、私たちがマウスで実験を行う際は、すべて安静状態で行っています。

音楽ライブなどで同じ場所にいると、同調性が高まり、結果として共感が生まれやすくなると考えられます
Q.6|共感の能力はあとから育めますか?



生まれつき共感性が低い場合、あとから高めることは難しいと思います。共感能力が先天的に低いケースの多くは、自閉症や自閉スペクトラム症(ASD)と診断されますが、自閉スペクトラム症は1.5歳頃には兆候が現れることがわかっています。
また、共感性が低い要因として、関連遺伝子に何らかの欠損がある可能性もあります。こうしたことから、共感性の高低は生まれ持った性質の1つであり、あとから大きく変化させるのは難しいと考えられます。
ただし、先天的に共感性が低い人でも、「共感的に振る舞う」ことは可能です。例えば、「こうすれば共感的に見える」といった行動を学習し、社会の中で適切に振る舞うことはできるでしょう。
しかし、そもそも共感性を高めることが本当によいことなのか、という議論もあります。例えば、現在米国では36人に1人が自閉症であり、学校のクラスにも1人はいる計算になります※。そのため、米国では自閉症を「病気」ではなく「個性」として受け入れ、社会で共存する方向に進んでいます。「セサミストリート」に自閉症のキャラクターが登場したことも最近ニュースになりました。
一方で、日本では共感を過度に求める風潮があり、「人の気持ちを汲んで行動しましょう」「言わなくてもお互いにわかり合いましょう」といった考え方が根付いています。
例えば、足が不自由な人のために、建物にスロープを設置するなど、社会をバリアフリーに変えていきますよね。でも、「足が不自由な人全員に義足をつけましょう」という選択にはなりません。
共感性も同じことが言えると思います。無理に共感性を合わせようとするのではなく、共感性が低い人も快適に暮らせる社会をつくることが大切です。今後は、多様な個性をどのように受け入れていくか、みんなで話し合っていくことが必要だと思います。
※ アメリカ疾病予防管理センターが2023年3月24日に公表した報告書に基づく。
Q.7|より多くの共感を生むにはどうしたらいいですか?



成功しているアイドルは、他人を楽しい気持ちにさせるのが非常に上手です。それは、彼ら自身が楽しんでいることを前面に出すことで、観客にもその感情が伝わるからです。表情や振る舞いを通じて、自分の楽しさを素直に表現できる人は、共感を生みやすいと言えます。
しかし、プロフェッショナルの世界では、本人が実際には楽しんでいなくても、それを上手に演じられる能力が求められます。人気のアイドルや一流の役者は、自分の感情をコントロールし、あたかも本当に楽しい、あるいは怖いと感じているかのように振る舞えるのでしょう。例えば、サスペンス映画の役者は、本当に恐怖を感じているわけではありませんが、観る側は彼らの演技によって恐怖を感じ、物語に引き込まれます。
最近、瞑想(メディテーション)による自己トレーニングが話題になっていますが、成功している役者の中には、瞑想によって感情表現を自在に操れる人がいるのではないでしょうか。自分の脳をハックし、なんらかのスイッチをつくることで素早く感情を切り替えているのではないかと思います。これは、共感を誘発するうえで非常に効果的な手法だと言えるでしょう。
さらに、相手の共感を得るための具体的な行動もあります。その一つが「相手の目を見る」ことです。これは、先ほどの「共感しやすい関係性」の話とも関連しますが、相手の目をしっかりと見つめることで、相手に対する関心や親しみが伝わり、共感の度合いが深まります。

多くの共感を生むにはさまざまなノウハウがありますが、相手の目を見ることもその一つ。相手への親しみが伝わり、共感につながります
Q.8|クリエイターとして共感力を高めたいのですが…



先ほど、生まれつき共感性が低い場合、それをあとから高めるのは難しいという話をしましたが、コンテンツを提供するクリエイターにとっては、自らの共感力を高めて、「共感させるコンテンツ」を生み出したいというニーズがあると思います。その場合には、さまざまな経験を通じて共感性を高められる可能性があるでしょう。
人は、自分が経験したことのない状況について、他者の気持ちを推測することが困難です。少し極端な例ですが、「シュールストレミング」というニシンの発酵食品を食べたことがなければ、「臭くて食べるのが大変」という体験を共有することはできません。その食べ物を目の前にした人がどんな気持ちになるのか、想像するのは難しいでしょう。
同じように、クリエイターが共感を生み出すには、できるだけ多くの経験を積むことが重要です。自分の経験のレパートリーが増えれば増えるほど、異なる立場や視点を理解できるようになり、視聴者や読者の感情に寄り添った作品をつくることができるようになると思います。
Q.9|アクションを生む共感コンテンツをつくるには?



購買行動など相手にアクションを起こさせる共感コンテンツをつくるには、共感だけでなく「嫉妬」の感情をうまく活用することが重要だと思います。
共感は、他者がうれしいときに自分もうれしいと感じる心の動きですが、嫉妬はそれと相反する感情です。他者が成功や幸運を手にしたとき、共感できれば喜びにつながりますが、嫉妬してしまうとネガティブな感情が生まれます。つまり、共感と嫉妬は表裏一体の関係にあります。
例えば、「宝くじに当選して大金持ちになった」というストーリーは、共感を生んで喜んでもらえることもあれば、嫉妬を引き起こして反感を買う可能性もあります。コンテンツが共感を生み出すか、それとも見た人を不愉快にさせるかは、微妙なさじ加減次第というわけです。
しかし、嫉妬を引き起こすことが、むしろ相手のアクションにつながる場合もあります。先ほどの宝くじの例でいえば、「当選して大金持ちになった人」をCMで見せることで、視聴者は「自分も当たりたい」と思い、実際に宝くじを買うかもしれません。よいコンテンツとは、共感と嫉妬が絶妙なバランスで共存しているものではないでしょうか。
嫉妬に関する興味深い実験があります。猿を使ったある実験では、1匹目の猿が石を人間に差し出し、ご褒美にキュウリをもらいました。しかし、隣の猿が同じ行動をしたところ、キュウリではなくブドウが与えられます。猿はキュウリよりブドウを好むため、1匹目の猿は自分が不当に扱われたと感じ、怒り出しました。この実験からもわかるように、嫉妬は人間だけでなく動物にも共通する根源的な感情なのです。
また、嫉妬の感情には「予測誤差」が関係していると考えられます。1匹目の猿は、「自分も隣の猿と同じくキュウリをもらえるはずだ」と予測していました。しかし、実際には隣の猿がブドウをもらったため、その予測が裏切られ、強い嫉妬の感情が生まれたのです。
予測誤差が強い感情を生み出すという点では、お笑いコンテンツにも共通する部分があります。コントや漫才では、まず誰もが共感できるシチュエーションを提示し、視聴者に「自分も似たような経験がある」と思わせます。しかし、その後、予想外の展開(予測誤差)をつくることで、強い感情=笑いが生まれるのです。
最初に誰もが体験したことのあるシチュエーションなど、共感できる素地をつくり、そこに予測誤差を加え、意図的に期待を裏切ることで、人々の行動を引き出す。こうしたストーリーのつくり方が、アクションを促す共感コンテンツの鍵なのかもしれません。

喜んでいる人を見て、共感して自分もうれしいと感じることもあれば、嫉妬の感情が湧くこともあります。この嫉妬の感情をうまく活かすことで、効果的な共感コンテンツがつくり出せるかもしれません
取材・文:小平淳一、イラスト:室木おすし
※本記事は「Web Designing 2025年4月号」に掲載された内容の一部を再構成して公開しています。
